【#09】『沈黙』と『ハクソー・リッジ』:まずは選挙に行きましょう!
Posted on 6月 30, 2017
「開花宣言を待ちたい」という最後の言葉でお送りした、前回の映画紹介からすでに3ヶ月も経ってしまいました。新入生は、すでに前期も終盤となり、前期試験に向けて勉強は進んでいますか?
6月23日の「沖縄慰霊の日」(Okinawa Memorial Day)週には、歴史入門では毎年同様、沖縄戦の講義をしました。6月23日まさに当日だった金曜日には、Ⅲ限英語コミュニケーションBのクラスでは、講義後半の30分をオキナワの講義に変えて、受講生たちに72年前のことを考える時間としてもらいました。
この翌日、日本で映画公開されたのが、『ハクソー・リッジ』でした。前回、アカデミー賞分析最終回のタイトル「ハクソー・リッジって何?」をもう一度読んでいただければありがたく思います。
沖縄では前田高地と呼んでいた場所の崖が、のこぎりのようだったのでアメリカ軍が Hacksaw Ridge と呼んだのでした。宗教上の理由(セブンスデー・アドヴェンティストというキリスト教の一派)から武器を持たない、闘わない、という条件で「衛生兵」として従軍したデズモンド・ドスという実在の人物が主人公です。この役を演じたのは、『沈黙』の主人公セバスチャン・ロドリゴ神父の役をしたアンドリュー・ガーフィールドでした。
『ハクソー・リッジ』日本公開翌日25日には、浦和大学では一日オープンキャンパスが開催されました。この日に、学生スタッフとして高校生を迎える役目を果たしてくれた1年生のKさん(彼女は高校生の頃からこの役目を果たしたいと念じて、本学に入学してくれたそうです)が、オープンキャンパス終了後に、私にこんな話をしました。「先生、金曜日の英語のクラスでオキナワの講義をしてくれてありがとうございました。きょうこれからナイトで『ハクソー・リッジ』を見に行きます!」と。嬉しくて思わず「主人公は、『沈黙』の主人公セバスチャン・ロドリゴ神父の役をした俳優よ!」と話すと、「『沈黙』は本当に考えさせられる映画でした。今もまだ考えつづけています」とも。
なんと心強い1年生を迎えたことか!彼女に勇気づけられて、私も月曜朝一番で『ハクソー・リッジ』を観る決心をしました。映画『ブレイブハート』(Braveheart:1995)や『パッション』(The Passion of the Christ:2004)で有名な俳優で監督のメル・ギブソン作品ですから、凄まじい戦闘場面が続くことは容易に想像できたので、なかなか腰を上げられませんでしたが、Kさんのおかげで思いきることができました。『ハクソー・リッジ』を見終えて、通勤車中でパンフレット(アメリカ史研究者の先輩、油井大三郎先生も執筆)を隅から隅まで読み、正直、気持ちはかなり下がっていきました。
ハリウッドでは戦争映画は、長く娯楽作品であり続けました。ヒーローを讃え、戦争を賛美するものでした。もちろん、戦闘場面でスクリーンに血が飛び散ったりしませんし、主人公はあくまでヒーローのままでした。
ハリウッドで戦争映画の傾向が変わり始めたのは、スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(Saving Private Ryan:1998)からでした。1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦(D-Day)を舞台にした戦争映画ですが、映画の冒頭20分以上、「オマハ・ビーチ」でのいわゆる「リアルな」戦闘場面が続きます。
戦争はゲームではない、人間と人間が殺しあうのだということに正面から向き合い、戦争で失った命は戻ってこないこと、ゲームのように「リセット」することで命が復活したりしないことを「戦争を知らない世代」に伝えたいというスピルバーグ監督の反戦の「想い」がつまった映画でした。
毎年6月6日直前の「歴史入門」では、1944年時点の第二次世界大戦の状況、ナチスに占領されたフランス、ノルマンディー地方に、英米仏加の連合軍が上陸していく過程を説明した後で、『プライベート・ライアン』の冒頭10分を見せることにしています。銃撃されて内臓が噴き出た米兵が「ママ~」と叫ぶ場面で一時停止し、「これが戦争だね。戦争をする国になるかもしれない日本のことを考えて!」と講義を閉じることにしています。
3年後の2001年に、『スターリングラード』(Enemy at the Gates:2001)という映画も公開されました。1942年の独ソ戦、スターリングラード攻防戦を描いた映画でした。ヴォルガ川での凄まじい戦闘場面は、『プライベート・ライアン』のノルマンディー「オマハ・ビーチ」の場面を一回りも二回りも超える強烈な描写でした。思い出しても、気持ちが沈みます。実在の狙撃主が主人公(俳優はジュード・ロー)でしたが、冒頭場面の衝撃が大きすぎて、狙撃主をめぐる話も素晴らしい反戦映画だったのに、その展開を楽しむことは難しかったことも思い出します。
今年度最初4月の歴史入門の講義では、『ハクソー・リッジ』のチラシを全員に配布していました。まず全部読ませて「この戦争映画の舞台は何戦争で、戦場はどこかを確認しなさい」と話しましたが、受講生はどこが戦場なのかを理解できませんでした。チラシに明記していなかったのです。
舞台は、日本で唯一戦場となった沖縄で、当時の日本政府に「捨石」にされたところです。沖縄戦の一端が描かれている映画にもかかわらず、日本公開時点でそのことを強調しないことに疑問を持ちました。その後のメディアでの映画紹介でも、ただ単に主人公のデズモンド・ドスという「英雄」を強調するものばかりで、残念でした。
6月26日、映画を観た直後の歴史入門開口一番、「『プライベート・ライアン』を越える戦闘場面だったよ」と受講生には報告し、戦争の意味を考えるためにも、ぜひ観に行くように話したのです。加えて、早速に見に行ったKさんが、公開時に『沈黙』も見ていたことも伝えました。受講生が考える大学生であり続けてほしいものです。