公開日:

【映画コラム・#08】「第89回アカデミー賞授賞式分析4:『ハクソー・リッジって何?』」

こども学部教員、岩本裕子(ひろこ)による、映画コラム8回目です。第89回アカデミー賞授賞式の結果分析その4(最終回)をお届けします。

 続き「その4」、結果分析最終回を始めましょう。

 アカデミー賞の各賞候補一覧を見ていると、そのタイトルだけでは何をテーマとした映画なのか、類推するのも難しいタイトルがありますね。いつの頃からそうなったのか、日本映画界では原題をそのままカタカナにしてしまうことが多くて、混乱を招いています。あるいは、日本人観客が疑問に思うこともなく、深く考えることもせず、カタカナをそのまま受け入れるようになっていることも問題だと思います。

 筆者担当科目の一つ、英語コミュニケーションB(日常会話)では、「身の回りの英語を見つけよう」というテーマで学習する授業を設定しています。事前課題として、身の回りで英語を10件見つけて、どの場面で何を伝えるための英語なのかを確認するレポートを提出させます。そのレポートから筆者が、各自の英語を一つずつ選択して、クラス全員で自分の英語を板書して、クラスの人数分(最多で50人)の身の回りの英語を知り、覚えていくという学習を行っています。

 このクラスでは、身の回りのカタカナに敏感になり、そのカタカナを外国語(英語だけとは限らない!)でつづる、あるいは日本語に変えることができない場合は、カナカナを使わない、という約束をしてもらいます。意味も分からないのに、カタカナを使わない、外国語の意味も分からないのに、衣類(Tシャツなど)にアルファベットが書かれたものを身につけない、など従来の暮らしぶりを、言語面から見直すことも話しています。

 さて、こんな英語のクラスを担当している筆者が、カタカナの意味も分からずに映画を紹介したくはないのです。今回のアカデミー賞で、もっとも理解できなかった邦題作品があります。作品賞、監督賞、主演男優賞、音響編集賞、録音賞、編集賞の6部門で候補になり、録音賞と編集賞が最優秀賞を受賞した作品です。主演男優は、映画『沈黙』でも主演した「アメイジング・スパイダーマン」の俳優です。その作品邦題は、『ハクソー・リッジ』なのですが、「それ、何?」と思いませんか。

 この作品の説明の前に、かつて日本映画界では、日本語に誇りを持った邦題がつけられていた例を二つあげてみます。

 まず、“Bonnie and Clyde”と主人公の男女の名前が並べられた原題を紹介しましょう。1929年の大恐慌による1930年代の大不況時代に有名になった、実在した銀行強盗ボニーとクライドという二人の男女の出会いと死に至るまでを描いた犯罪映画でした。1967年に制作され、当時“New Hollywood”という映画の運動が起こっていて、日本語では「アメリカン・ニューシネマ」と紹介されました。すでに「その1」で説明したように、「ハッピーエンディング」を究極目的とした、従来のハリウッド映画に異議申し立てしたので、New がついたのでしょう。何しろ主人公の二人は、最後に壮絶な死(最期)を遂げるので、決して「ハッピー」ではないですね。

 この邦題を想像できますか?なんと『俺たちに明日はない』です!素晴らしいでしょう!昨年はこの映画制作50周年だったために、それを記念して、ボニー役のフェイ・ダナウェイ、クライド役のウォーレン・ベイティの二人は、今回のアカデミー賞授賞式で作品賞のプレゼンターとなりました。そうです、あの前代未聞のトラブルが起きた!作品賞発表時、怪訝そうな顔をしたウォーレンの手からカードを取って、「ラ・ラ・ランド!」と叫んだのは、フェイ・ダナウェイでした。封筒を間違って受け取っていたウォーレンは、「エマ・ストーン:ラ・ラ・ランド」と書かれたカードをかざして、トラブルの説明をしていましたが、壇上は正式受章作『ムーンライト』の関係者でごった返していました。

 もう一つ、見事な邦題を紹介しておきます。まず邦題から・・・。『明日に向かって撃て!』です。原題を想像できますか?この作品も、「アメリカン・ニューシネマ」の一つとされていて1969年に制作されました。19世紀末の西部史に名高い、実在した二人組強盗の逃避行を描いた映画です。主題歌がとても有名で、1960年代には前世を生きていたかもしれない現役学生たちもどこかで聞いたことがあるかもしれません。♪ Raindrops Keep Fallin’ on My Head という名曲「雨にぬれても」です。もしまだ聞いたことがないという学生たちとは、筆者担当後期科目「英語の歌あそび」で一緒に歌いたいと思います。

 拙著『スクリーンで旅するアメリカ』で扱った200本の映画について、索引に列挙された邦題を、順次原題に直すという作業をしたことがあり、手元にはその原題リストがあります。『明日に向かって撃て!』は、「あ」項目4番目に出ています。正直な話、200本の映画の原題を整理したときに、もっとも驚いた原題の一つがこの作品でした。

この映画の原題は、“Butch Cassidy and the Sundance Kid”です。主人公の男性二人の名前を列挙しています。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが演じました。後者がまだ無名の俳優だった頃、ブッチ役のニューマンが推薦して決まった配役でした。今では、大御所俳優となり映画監督としても業績を積んでいるレッドフォードは、監督作品『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992:この頃から原題がそのままカタカナに)で、レッドフォードの若い頃そっくりのブラッド・ピッドを見つけ出し、この映画の主人公に抜擢したのでした。ブラピの出世作になりました。

 レッドフォードは、『明日に向かって撃て!』の出演料でユタ州コロラド山中に牧場を購入して、映画の役名サンダンスの名前を付けた牧場としたのです。1980年にここにハリウッドから距離を置いた映画学校を創設し、1984年からサンダンス映画祭を開催してインディペンデント映画人を育てていきました。マイナー映画祭として始まったものの、すでに知名度も高く、今年で第33回を迎えています。

 邦題関連で、いわゆる「昔話」が長くなりました。『ハクソー・リッジ』に戻ります。

原題は、“Hacksaw Ridge”です。動詞saw はsee(見る)の過去形ですが、名詞になると「のこぎり」の意味があります。のこぎりの中でもhacksaw は「金属材料の切断に使うのこぎり」だそうです。随分切れそうですね。名詞 ridge は「崖」ですから、「のこぎりのように険しい崖」となります。どこにある崖なのでしょうか。

 映画の後半舞台は、沖縄の戦場です。1945年3月末から沖縄周辺の島々に米軍上陸が始まり、沖縄本島には4月1日から開始され、6月23日の日本軍の降伏(牛島中将の自決)まで続く沖縄戦が展開されました。4月25日から5月10日まで続いた「前田高地の戦い」が映画のテーマだそうです。那覇空港がある那覇市の東側、浦添市にある浦添丘陵は、首里城の北側に位置しています。

 この「のこぎり崖」である「前田高地」で行われた戦いで、宗教上の理由から「銃を持ちたくない。人を殺すのは間違っている」と主張し、戦場で人を殺さず、衛生兵として75人の戦友を助けた実在の兵士、デズモンド・ドスが主人公です。ドスは、Seventh Day Adventist Church というキリスト教の一派の信者で、信仰を貫き通し、武器を持たなかったのです。宗教的な理由から人殺しをしなかった兵士として、米軍最高位の名誉勲章を授与されたのでした。

 アメリカ兵士が主人公のハリウッド映画ながら、その戦闘舞台は沖縄なので、日本人として興味を持って観なければならない映画だと思います。日本公開は6月24日(土)で、邦題は『ハクソー・リッジ:命の戦場』となるようです。『ハクソー・リッジ』というカタカナ映画の説明をもっと続けたい、監督をしたメル・ギブソンの他の作品についても話したい、と思っていましたが、長くなるので、このあたりにします。

 冒頭で説明したように、この映画で主演男優賞候補になったアンドリュー・ガーフィールドは、映画『沈黙』では、セバスチャン・ロドリゴ / 岡田三右衛門 の役を見事に演じていました。『沈黙』を観終わって映画館を出た時、後ろから出てきたカップルの男性が、「あの俳優がアメイジング・スパイダーマンとはねえ・・・」とつぶやいていました。「ああ、確かに、スパイダーマンだった」と、私も思いだしたのです。

 これにて、第89回アカデミー賞授賞式の総括を終えることにして、次回はいよいよ映画『沈黙―サイレンス』を論じてみます。キリスト教関連で、メル・ギブソンの話にも触れられると思います。

 本学の2017年度開始日、4月1日まで、あと10日間しかありません。春休みは短いですね。新年度からもこのコラムでお目にかかれる日を楽しみにしつつ、間近と言われている開花宣言を待ちたいと思います。どうぞ、お元気で!

資料・願書請求(無料)はこちらから