岩本裕子研究室

PROFESSOR HIROKO IWAMOTO'S OFFICE

【#15】疑問符は一杯残ったままだけれど、生きてるっていいね!『グリーンブック』

Posted on 5月 6, 2019


(C)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

4月下旬から5月初旬のこの時期の休みのことを私は、世間で言うカタカナ日本語では呼ばず、NHKアナウンサーのように「大型連休」と長く呼んできました。カタカナ日本語「ゴールデンウィーク」は、まるで英語であるかのようにGWと略されたり、「黄金週間」と呼ばれたり、この呼び方を始めた日本映画業界も喜んでいることでしょう。

祝日が続くこの時期に、映画館に集客したいと意図して日本映画業界が名付けたことも知らないまま、今年の「巨大連休」を楽しまれたことでしょう。映画館へは行きましたか?かく言う私は、来年4月出版予定の7冊目拙著の構想を練り、毎日毎日書斎で過ごし、執筆開始することもできた10日間でした。最終日には、こうして映画館にも行かず、皆さん宛に映画コラムを書いています。

ディズニーの講義のために『ダンボ(Dambo)』も観なければ、大好きなバットマン俳優、クリスチャン・ベールの特殊メイクぶりを観に、『バイス(Vice)』も行かなきゃ、と思うばかりで、映画館になかなか足が向きません。ブッシュ(息子)大統領の副大統領(Vice President)だったチェイニーを描いた後者については、21世紀転換期を凝視するために仕事として行くべきだとは思いますが、カタカナタイトルが気に入らないので、足だけでなく食指も動きません。

と言いつつ、コナンちゃんの新作(劇場版『名探偵コナン 紺青の拳(フィスト)』)は4月公開早々に観ました。同じ映画館「吉祥寺プラザ」で、3月下旬に観たドキュメンタリー映画『ホイットニー』のショックから立ち直れないから、もう映画を観たくないと思っているのかもしれません。大学生の多くが、マライア・キャリーは知っていても、ホイットニー・ヒューストンを知らない状態で、映画『プリンス・オブ・エジプト』の主題歌を歌う2人の黒人女性の映像を、歴史入門の教材として見せています。

なかなか『グリーンブック』の本題に入らないでしょう。実は、あまり書きたくないのです。2月のアカデミー賞授賞式で最優秀作品賞を受賞した後、3月中旬には観に行き、書かなければいけないと思って、本学ウェブサイト担当者に頼んで、映画配給会社から写真ももらっていたのです。(やっとその写真が使えます。GAGAに深謝!)


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なぜ書きたくないのか?「実話に基づく」と言いながら、歴史的にあり得ない場面が続いて、「きれいごと」に仕上げ、きれいごとのお陰でアメリカ史を知らない人たちからは、「いい映画だった!」「感動した!」と言うのを聴きながら、「あれは違うよ・・・」とつぶやくばかりでした。

タイトルの「グリーンブック」は、執筆者(発行者)の名字が「グリーン」だったので、つけたようです。内容の説明は、The Negro Motorist Green Book または The Negro Traveler’s Green Book だそうです。1936年から66年までの30年分の『グリーンブック』を手に取ることができる場所があります。ニューヨークでの私の「仕事場」、ハーレム135丁目にあるニューヨーク公立図書館黒人分館ションバーグセンターです。

過去に「私の仕事場」の説明をウェブサイトに乗せたことがありました。「岩本裕子研究室」に収録済みですので、確認してみてください。『グリーンブック』の本物を手に取ったり、臭いをかいだりすることはできないけれど、目にすることはできます。ションバーグセンターのウェブサイトで「The Green Book – NYPL Digital Collections」が見られるのです。

なぜ私の仕事場が保管しているのか、『グリーンブック』は、先ほどの英語表記の通り、黒人のための旅行ガイド、特に車で旅する黒人のための案内書なのです。

ジャマイカ系アメリカ人のクラシック及びジャズピアニスト、ドン「ドクター」シャーリーと、シャーリーの運転手兼ボディガードを務めたイタリア系アメリカ人の警備員トニー・ヴァレロンガによって、1962年に実際に行われた深南部演奏旅行という史実に基づいた映画のようです。

演奏旅行の運転手採用面接で、旅行先のことを日本語字幕では「南部」でしたが、シャーリーの台詞では、Deep South と言っていました。つまり、南北戦争(1861-65)の南軍を構成した11州のうちの5州、サウス・カロライナ、ジョージア、アラバマ、ミシシッピ、ルイジアナを意味します。戦前は当然奴隷州(奴隷制度をしいていた州)、戦後も1954年までは黒人と白人の分離教育をしていた、さらに1968年までは社会的に人種隔離制度(ジムクロウ法)が定着していた地域です。


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映画の中で、深南部の夜の闇を車で走るとき、後ろからパトカーに追われるという場面が2カ所ありました。最初は、ピアニストも運転手もそのまま留置場に入れられました。その場から出られたのは、シャーリーがある人に電話したから・・・。即刻保釈されたはずです。相手は、時の司法長官ロバート(ボブ)だったからです。1962年のことですから、司法長官の兄である大統領ジョンもまだ生きていました。ケネディ大統領も1年後の11月に南部遊説中に白昼堂々暗殺されました。あれも、南部テキサス州でした。

映画も終わりに近づいて、2回目パトカーに追われたときには、まさにあり得ないような話の展開で、ここで説明したくありません。あんなこと、あるわけない!!2回とも、パトカーの音を聞いたとき、私が想像したのは映画『ミシシッピー・バーニング』でした。

後期科目「アメリカの生活と文化」の教科書『スクリーンで旅するアメリカ』のpp.72-73 を読んでみて下さい。『ミシシッピー・バーニング』も史実に基づいた映画でした。その史実とは、1964年ミシシッピ州フィラデルフィアという町で、3人の公民権運動家が姿を消し、FBI行方不明者捜索ポスターが出たのです。1人は黒人、2人はユダヤ人でした。

FBI捜査の結果、3人とも遺体で発見されましたが、この映画冒頭では、3人が乗った車が後ろから来るパトカーに止められたのでした。ここで起こったようなことが、『グリーンブック』でも起こって当然だと思っていたのに・・・。

深南部演奏旅行で、一つだけ少々痛快な演出を見ました。最終公演となったのは、アラバマ州バーミンガムでした。2人の演奏旅行が行われた翌年、1963年にキング牧師がバーミンガム市警に逮捕されたり、教会が爆破されたりした町でもあったので、この町での最終公演を拒否して深南部をあとにするという話の展開に、少々痛快な気持ちになったのでした。
クリスマスの夜、ニューヨークに戻ってきて、運転手を自宅(たぶんリトル・イタリー)に降ろして、自分の自宅(カーネギーホール:この場所を巡る映画の話を始めたら止まらないので、またいずれ)に戻ったピアニストは、孤独の中であることを思いつくのでした。これこそハリウッド映画!こんなハッピーエンディングだからこそハリウッド映画!とは思います。

途中の話では納得できない箇所が多々ありましたが、最後の最後、これだからアメリカ映画はいい!と納得してしまいました。映画コラム第5回「ララ・ランド」で書いたとおりです。

現実世界、生きていると苦しいことばかり、せめてフィクションの世界で気分爽快を味わいたい、とするならば、『グリーンブック』はおすすめです。疑問符は一杯残ったままだけれど、生きてるっていいね!と思わせてくれる映画であることは間違いないでしょう。

さあ、巨大連休も終わって、明日からは仕事だ~!では、また。