岩本裕子研究室

PROFESSOR HIROKO IWAMOTO'S OFFICE

【#18】「Summer of Soul (…Or, When the Revolution Could Not Be Televised)」

Posted on 8月 18, 2022

第94回アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞作品で、この賞のプレゼンターは、クリス・ロックだった。いわゆる「ウィル・スミス平手打ち事件」の現場となってしまった。このことは別項、映画コラム#19で扱う。

さて、1969年から半世紀以上も経って、ドキュメンタリーとして世に知られることになったこのコンサートは、「ハーレム文化祭」と題されて、6月29日から8月24日まで、毎週日曜日、合計6回開催されたのだった。1969年夏と言えば、「ウッドストック」が有名だろうが、「ブラック・ウッドストック」とも呼ばれたこのコンサートが、半世紀経たないと日の目を見なかったのは驚きである。

この同じ時期、歴史に残る日曜日には、7月20日は人類が最初に月に降り立ったアポロ11号月面着陸日があった。ドキュメンタリーでは、冒頭で雨の中、スティービー・ワンダーが登場した日と重なった。このときスティービーは19歳で、雨であることを嘆いていた。ドキュメンタリーのクレジットがすべて上がって、もう終わりかと思ったら、このときのスティービーの会話が使われていた。健在な彼は2019年当時のインタビューに応えてもいた。

6回にわたったコンサートに登場したのは、モータウンのグラディス・ナイトや、テンプテーションズのリード・シンガーだったデイヴィッド・ラフィンだった。

さらに、当時大ヒットしていたミュージカル『ヘアー』の収録曲「アクエリアス」で有名なソフト・コーラス・グループ「フィフス・ディメンション」も、そのエピソードも紹介していた。全米で大ヒット、ポップ・チャートで1位になった曲で、6回のコンサートでもっとも多くの観客を集めたという。

ネット上でのこのコンサート紹介で「圧巻だ」と評価されるのは、ニーナ・シモンという黒人女性歌手である。舞台に登場するやいなや、「準備はいい?」(Are you ready?) と、聴衆に呼びかけた。何の準備?闘う準備だと!死ぬ覚悟はある?とも。ある黒人男性の詩からの引用である。

ニーナが歌ったのは、この曲♪Are you ready?と、♪To Be Young, Gifted and Black で、この曲には黒人女性ジャーナリストへのインタビューが重ねられていた。シャーレーン・ハンター・ゴールトは、ジョージア州立大学に入学した初めての黒人女性学生だった。女子寮でも、彼女だけは一階の部屋、白人女子大生たちは二階にいて、夜になると床を叩いて嫌がらせをされたという。天井が叩かれるのを聞きながら、シャーレーンを勇気づけたのは、ニーナ・シモンの♪To Be Young, Gifted and Blackだったという。

無事卒業できた彼女は、ジャーナリストとなって以降、黒人抵抗運動を実践する段階で、有力各紙への投稿で、negro という表現を用いず、blackに変更することを主張したのだった。彼女の強い意志を守ったのが、ニーナ・シモンの唄だったのである。

コンサート会場となった公園の名称を地図ネットで検索すると、Marcus Garvey Park (formerly and also named Mount Morris Park)と説明されている。

ニューヨークでの史料収集という私の仕事場である東135丁目マルコムX大通り(元々はレノックス街と呼ばれていた)に面したションバーグセンターから10数ブロック南に下りたところである。1969年に開催されたこのコンサートについて、ニューヨークの歴史サイトでは以下のように説明されている。

The 1969 Harlem Cultural Festival brought over 300,000 people to Harlem’s 20-acre Mount Morris Park from June 29 to August 24, 1969 against a backdrop of enormous political, cultural and social change in the United States. The summer concert series featured huge acts, including B.B. King, Stevie Wonder and Nina Simone.

ハーレムのあちこちの通りや公園には、黒人偉人(残念ながら男性ばかり)の名前がつけられていて、キング牧師や前述したマルコムX好例である。この公園についたマーカス・ガーベイは、19世紀末にジャマイカで生まれ、20世紀初頭にアメリカ、特にハーレムに渡って、「アフリカ帰還運動」を説いた活動家である。このコンサートがあった1969年当時は、まだ改名前だった。

筆者は2020年2月、コロナ禍直前に滑り込みで出かけたハーレムに、すでに2年半も行くことができていない。今年度は諦めるとしても、次年度にはなんとか・・・。そのときには、「マーカス・ガーベイ公園」に、ションバーグから10ブロック南に歩いて、出かけてみたいものである。「宴の後」を訪ねたい。

最後に蛇足ながら、このドキュメンタリーは、日本では根強いファンがいるらしく、あちこちの映画館でかかっていたらしい。2022年夏時点で、月に一度程度、WOWOW で放送されている。

私の処女作と6冊目の本を出してくれた明石書店の編集者の一人も、そのファンらしく、2回にわたって、こんなメールをくれた。ご確認あれ!


「サマー・オブ・ソウル」はおっしゃる通り、素晴らしい映画でございました。ステージに登場する各アーティストのパフォーマンスはもちろんですが、当時の市井の人々のリアクションや当時の観客に丁寧にインタビューを取っているところにとても好感を持ちました。日本でも上映終了間際までお客さんが多くて驚いたことを覚えています。まだ未公開映像が沢山ありそうなので、完全版が楽しみです。


「サマー・オブ・ソウル」は、豊洲のユナイテッドシネマと立川のシネマシティで見ました。立川の方は再上映でしたが、音響設備が都内で一番良い映画館ということもあり、沢山の観客がいました。反応を見るに、おそらく多くの人がリピーターだったと思います。映画監督のクエストラブ(「ザ・ルーツ」のメンバー)は『Music Is History』という著書も出していて音楽系の出版社の人とどこかで邦訳が出たらいいのにと話しておりました。