【#16】伝統ある東京の空間で、ニューヨーク市民の「伝統」を『ニューヨーク公立図書館:エクス・リブリス』
Posted on 6月 13, 2019

「世界で最も有名な図書館のひとつ、その舞台裏へ」をキャッチコピーとしたチラシには、ニューヨーク公立図書館本館3階にある「ローズ・メイン・リーディング・ルーム」の写真が載っています。ニューヨーク市マンハッタン区のほぼ中央に位置する、5番街と42丁目の交差点南西側にあります。
この部屋は一般の人たち、ニューヨーク市民だけでなく世界中からの研究者、さらに観光客に解放されている読書室です。主として、研究者たちが、この図書館の蔵書である資料を読むために、巨大な部屋(フットボール競技場の長さを持つ)に座ります。
静寂の中で、ひたすら資料を読んだり、最近ではコンピュータ検索をしたりしていますが、時には、研究とは全く無縁の観光客たちが座って記念写真を撮っていることもあります。もちろん、静かに、静かに!
1989年8月に初めて私はニューヨークを訪れました。今から丁度30年前になります。この年は週日をワシントンの国会図書館で史料収集を続けてきたので、週末を過ごすためにやってきたニューヨークでは、観光目的でした。ところが、この図書館だけは観光地とはなりませんでした。このローズ・メイン・リーディング・ルームに座った途端、観光のことはすっかり忘れて、ワシントンでしていた史料収集の作業を始めてしまいました。
ニューヨーク公立図書館本館は、日曜日も開いているのです。あれから30年、史料収集の場所は、20世紀の間はほぼワシントン中心でしたが、21世紀に入ってからはニューヨークを拠点に仕事をするようになりました。残念ながら、私が必要とする史料のほとんどは、この本館ではなく、マンハッタン北東部にあるハーレムと呼ばれる地域にある「黒人文化研究図書館(ションバーグセンター)」です。ウェブサイトで2013年に最初に「自己紹介」したコラムで、画像も付けてありますので、そちらも見て下さい。
ニューヨーク公立図書館は、本館を頂点に置きながら、分館を含めると全部で92館あります。各地域に地域の人々に開放された「地域分館」が88館、研究者のために設置された「研究図書館」が4館です。私の研究の場であるションバーグセンターは、研究図書館の一つになります。他には、舞台芸術図書館(オペラの殿堂であるメトロポリタン歌劇場を有するリンカンセンターの一郭に存在)、科学産業ビジネス図書館、人文社会科学図書館(これは本館内)があります。
地域分館88館では、図書やビデオの貸し出しが可能で、地域の人々に根ざした企画が目白押しで、常に人であふれています。地元の人々の「よりどころ」になっているようです。一方、ションバーグセンターに代表される研究図書館には、世界中の研究者が集まり、各々の研究を続けています。私もその一人です。
上映時間205分という長丁場でしたが、私はプレス試写会ですでに3月上旬に見ました。試写会では幕間(途中休憩)はなく、3時間半一気に観たのですが、あっという間でした。一番の関心は、ションバーグセンターがどのように描かれるかでしたが、読書室などの研究部分ではなく、地域に根ざした活動部分に焦点を当てていました。
加えて、2015年に開館90周年を迎えたションバーグセンターでは、ムハンマド館長が二人の偉大な黒人女性芸術家の言葉を引用して挨拶している様子が紹介されていました。「図書館は民主主義の柱」(ノーベル文学賞受賞作家トニ・モリソンの言葉)と「図書館は雲の中の虹」(詩人、作家、女優マヤ・アンジェロウ)です。マヤは2014年に亡くなりましたが、ションバーグセンターの活動を積極的に牽引して、よく講演会を開いていました。
7月初旬まで、神田神保町にある岩波ホールで上映されていますが、途中休憩が入るようですので、どうぞゆったりご覧下さい。昨今、シネマコンプレックス流行で、映画館の様相も随分変わってきましたが、この岩波ホールは開館以来の姿勢を変えていません。岩波ホールの空気を吸いに行くだけでも、大きな価値があると思います。
伝統ある東京の空間で、ニューヨーク市民の「伝統」を目撃してきてほしいと思います。知的な時間で、たっぷり栄養補給ができますように!