【#08】「第89回アカデミー賞授賞式分析4:『ハクソー・リッジって何?』」
Posted on 3月 22, 2017
もう一つ、見事な邦題を紹介しておきます。まず邦題から・・・。『明日に向かって撃て!』です。原題を想像できますか?この作品も、「アメリカン・ニューシネマ」の一つとされていて1969年に制作されました。19世紀末の西部史に名高い、実在した二人組強盗の逃避行を描いた映画です。主題歌がとても有名で、1960年代には前世を生きていたかもしれない現役学生たちもどこかで聞いたことがあるかもしれません。♪ Raindrops Keep Fallin’ on My Head という名曲「雨にぬれても」です。もしまだ聞いたことがないという学生たちとは、筆者担当後期科目「英語の歌あそび」で一緒に歌いたいと思います。
拙著『スクリーンで旅するアメリカ』で扱った200本の映画について、索引に列挙された邦題を、順次原題に直すという作業をしたことがあり、手元にはその原題リストがあります。『明日に向かって撃て!』は、「あ」項目4番目に出ています。正直な話、200本の映画の原題を整理したときに、もっとも驚いた原題の一つがこの作品でした。
この映画の原題は、“Butch Cassidy and the Sundance Kid”です。主人公の男性二人の名前を列挙しています。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが演じました。後者がまだ無名の俳優だった頃、ブッチ役のニューマンが推薦して決まった配役でした。今では、大御所俳優となり映画監督としても業績を積んでいるレッドフォードは、監督作品『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992:この頃から原題がそのままカタカナに)で、レッドフォードの若い頃そっくりのブラッド・ピッドを見つけ出し、この映画の主人公に抜擢したのでした。ブラピの出世作になりました。
レッドフォードは、『明日に向かって撃て!』の出演料でユタ州コロラド山中に牧場を購入して、映画の役名サンダンスの名前を付けた牧場としたのです。1980年にここにハリウッドから距離を置いた映画学校を創設し、1984年からサンダンス映画祭を開催してインディペンデント映画人を育てていきました。マイナー映画祭として始まったものの、すでに知名度も高く、今年で第33回を迎えています。
邦題関連で、いわゆる「昔話」が長くなりました。『ハクソー・リッジ』に戻ります。
原題は、“Hacksaw Ridge”です。動詞saw はsee(見る)の過去形ですが、名詞になると「のこぎり」の意味があります。のこぎりの中でもhacksaw は「金属材料の切断に使うのこぎり」だそうです。随分切れそうですね。名詞 ridge は「崖」ですから、「のこぎりのように険しい崖」となります。どこにある崖なのでしょうか。
映画の後半舞台は、沖縄の戦場です。1945年3月末から沖縄周辺の島々に米軍上陸が始まり、沖縄本島には4月1日から開始され、6月23日の日本軍の降伏(牛島中将の自決)まで続く沖縄戦が展開されました。4月25日から5月10日まで続いた「前田高地の戦い」が映画のテーマだそうです。那覇空港がある那覇市の東側、浦添市にある浦添丘陵は、首里城の北側に位置しています。
この「のこぎり崖」である「前田高地」で行われた戦いで、宗教上の理由から「銃を持ちたくない。人を殺すのは間違っている」と主張し、戦場で人を殺さず、衛生兵として75人の戦友を助けた実在の兵士、デズモンド・ドスが主人公です。ドスは、Seventh Day Adventist Church というキリスト教の一派の信者で、信仰を貫き通し、武器を持たなかったのです。宗教的な理由から人殺しをしなかった兵士として、米軍最高位の名誉勲章を授与されたのでした。
アメリカ兵士が主人公のハリウッド映画ながら、その戦闘舞台は沖縄なので、日本人として興味を持って観なければならない映画だと思います。日本公開は6月24日(土)で、邦題は『ハクソー・リッジ:命の戦場』となるようです。『ハクソー・リッジ』というカタカナ映画の説明をもっと続けたい、監督をしたメル・ギブソンの他の作品についても話したい、と思っていましたが、長くなるので、このあたりにします。
冒頭で説明したように、この映画で主演男優賞候補になったアンドリュー・ガーフィールドは、映画『沈黙』では、セバスチャン・ロドリゴ / 岡田三右衛門 の役を見事に演じていました。『沈黙』を観終わって映画館を出た時、後ろから出てきたカップルの男性が、「あの俳優がアメイジング・スパイダーマンとはねえ・・・」とつぶやいていました。「ああ、確かに、スパイダーマンだった」と、私も思いだしたのです。
これにて、第89回アカデミー賞授賞式の総括を終えることにして、次回はいよいよ映画『沈黙―サイレンス』を論じてみます。キリスト教関連で、メル・ギブソンの話にも触れられると思います。
本学の2017年度開始日、4月1日まで、あと10日間しかありません。春休みは短いですね。新年度からもこのコラムでお目にかかれる日を楽しみにしつつ、間近と言われている開花宣言を待ちたいと思います。どうぞ、お元気で!