岩本裕子研究室

PROFESSOR HIROKO IWAMOTO'S OFFICE

【#08】「第89回アカデミー賞授賞式分析4:『ハクソー・リッジって何?』」

Posted on 3月 22, 2017

続き「その4」、結果分析最終回を始めましょう。

アカデミー賞の各賞候補一覧を見ていると、そのタイトルだけでは何をテーマとした映画なのか、類推するのも難しいタイトルがありますね。いつの頃からそうなったのか、日本映画界では原題をそのままカタカナにしてしまうことが多くて、混乱を招いています。あるいは、日本人観客が疑問に思うこともなく、深く考えることもせず、カタカナをそのまま受け入れるようになっていることも問題だと思います。

筆者担当科目の一つ、英語コミュニケーションB(日常会話)では、「身の回りの英語を見つけよう」というテーマで学習する授業を設定しています。事前課題として、身の回りで英語を10件見つけて、どの場面で何を伝えるための英語なのかを確認するレポートを提出させます。そのレポートから筆者が、各自の英語を一つずつ選択して、クラス全員で自分の英語を板書して、クラスの人数分(最多で50人)の身の回りの英語を知り、覚えていくという学習を行っています。

このクラスでは、身の回りのカタカナに敏感になり、そのカタカナを外国語(英語だけとは限らない!)でつづる、あるいは日本語に変えることができない場合は、カナカナを使わない、という約束をしてもらいます。意味も分からないのに、カタカナを使わない、外国語の意味も分からないのに、衣類(Tシャツなど)にアルファベットが書かれたものを身につけない、など従来の暮らしぶりを、言語面から見直すことも話しています。

さて、こんな英語のクラスを担当している筆者が、カタカナの意味も分からずに映画を紹介したくはないのです。今回のアカデミー賞で、もっとも理解できなかった邦題作品があります。作品賞、監督賞、主演男優賞、音響編集賞、録音賞、編集賞の6部門で候補になり、録音賞と編集賞が最優秀賞を受賞した作品です。主演男優は、映画『沈黙』でも主演した「アメイジング・スパイダーマン」の俳優です。その作品邦題は、『ハクソー・リッジ』なのですが、「それ、何?」と思いませんか。

この作品の説明の前に、かつて日本映画界では、日本語に誇りを持った邦題がつけられていた例を二つあげてみます。

まず、“Bonnie and Clyde”と主人公の男女の名前が並べられた原題を紹介しましょう。1929年の大恐慌による1930年代の大不況時代に有名になった、実在した銀行強盗ボニーとクライドという二人の男女の出会いと死に至るまでを描いた犯罪映画でした。1967年に制作され、当時“New Hollywood”という映画の運動が起こっていて、日本語では「アメリカン・ニューシネマ」と紹介されました。すでに「その1」で説明したように、「ハッピーエンディング」を究極目的とした、従来のハリウッド映画に異議申し立てしたので、New がついたのでしょう。何しろ主人公の二人は、最後に壮絶な死(最期)を遂げるので、決して「ハッピー」ではないですね。

この邦題を想像できますか?なんと『俺たちに明日はない』です!素晴らしいでしょう!昨年はこの映画制作50周年だったために、それを記念して、ボニー役のフェイ・ダナウェイ、クライド役のウォーレン・ベイティの二人は、今回のアカデミー賞授賞式で作品賞のプレゼンターとなりました。そうです、あの前代未聞のトラブルが起きた!作品賞発表時、怪訝そうな顔をしたウォーレンの手からカードを取って、「ラ・ラ・ランド!」と叫んだのは、フェイ・ダナウェイでした。封筒を間違って受け取っていたウォーレンは、「エマ・ストーン:ラ・ラ・ランド」と書かれたカードをかざして、トラブルの説明をしていましたが、壇上は正式受章作『ムーンライト』の関係者でごった返していました。