【#06】「第89回アカデミー賞授賞式分析2:女優メリル・ストリープ」
Posted on 3月 14, 2017
続き「その2」を始めましょう。
「その1」で、私が生中継で凝視できたのは、司会者のジミー・キンメルのウイットに富んだ「開会の言葉」までだとお話ししました。アカデミー賞授賞式の歴代司会者のうちで、黒人女性ウーピー・ゴールドバーグが何回も務めた20世紀の回のことは、拙著『スクリーンに見る黒人女性』など、多くの拙稿で紹介してきました。ところが、すでにウーピーの存在を知らない学生の方が多くなったので、講義では、積極的に映画『天使にラブソングを』などを教材に使い続けて、ウーピーのことを知らせるようにしています。
今回の司会者ジミー・キンメルは、今回が初めての司会経験でした。キンメルは、2003年に放送開始したABCテレビの深夜生トーク番組「ジミー・キンメル・ライヴ」の司会者です。ロサンゼルス(LA)のエル・キャピタン劇場で収録されています。LAでの生放送番組ですが、時差が4時間あるニューヨークでも、深夜12時半頃から放送されています。ニューヨーク滞在中の私は、日中のハーレムにある図書館仕事、夜のコンサートやミュージカルを見終えて、夕飯を作って食べる時間なので、手作り夕飯を満喫しながら、ジミー・キンメルのシニカル・トークを毎年夏、楽しんでいます。
余分な話ですが、昨年の第70回トニー賞授賞式の司会者はジェームズ・コーデンでした。彼も深夜トーク番組の司会者です。こちらは、CBSテレビの深夜生トーク番組「ザ・レイト・ショー with ジェームズ・コーデン」で、今年度のトニー、アカデミーともに、トーク番組司会者の白人男性が、授賞式司会を務めたことになります。ちなみにこの番組も、ニューヨークでは私の夕飯時間の深夜に放送されています。
話をアカデミー賞授賞式に戻します。
ジミー・キンメルは、最初にこんな話から始めました。「この国は今、分断されています。でも授賞式を観ている人たちが、リベラルか保守かではなくてアメリカ人として、互いに前向きな会話をすれば、もう一度米国を偉大にできるのではないでしょうか」と。
さらに「トランプ大統領に感謝したいよ。昨年のアカデミー賞は人種差別的だと言われたことを覚えてる?でも今年は、大統領のおかげでもう言われなくなったからね」とも発言して「アカデミー賞はアメリカと、我々を嫌う世界225ヶ国以上で生放送されています」とも。どういう意味かわかりますか。
昨年のアカデミー賞では、候補者のほとんどが白人で、有色人種(黒人や黄色人種のこと)にはチャンスがなかったのです。このことに対して、黒人監督のスパイク・リーは「アカデミーは人種差別的だ」と授賞式参加をボイコットしたのでした。その影響か、今年は多くの黒人映画人が候補者に名前を連ねました。それ以上に今年は、トランプ大統領の人種ばかりか、宗教や民族に関する差別発言が世界中で物議をかもしていて、ハリウッド映画人は結束できたということなのです。
アメリカ人は自分の政治的な立場をはっきりさせてから議論を始めます。周りの空気に合わせて、「日和見的に」立場を変えることを決してしません。立場が違うことを大前提に、きちんとした議論をします。Yes かNoをはっきり言うことから会話は始まります。No を言うことが苦手な日本人には付いていけないかもしれませんが、アメリカだけでなく、世界中の人々が自分の立場をはっきり発言した上で、議論を始めるのです。世界で通用する日本人になるためには、相手に合わせて「付和雷同」で生きていくのではなく、まず「自分を知る」ことから始める必要がありそうです。
元々ハリウッドでは、「その1」で「首都ワシントンからも遠くて政府の監視の目が少ないカリフォルニアに移転」と説明したように、映画人たちはのびのびと自分の立場を映像にしたいと活動してきました。ハリウッド俳優組合会長経験があったB級俳優は、高い政治意識をもって政界へ進出して、カリフォルニア州知事を経て大統領になりました。ロナルド・レーガン大統領です。1980年代の話で、みなさんは生まれていませんね。
さらにその30年も前の1950年代には、ハリウッド映画人が標的となり「制裁」を受けたこともありました。「赤狩り」(Red Purge)と呼ばれ、共産党員とその同調者を公職・企業などから追放しようとした歴史がありました。1917年のロシア革命(今年は百周年ですね)によって誕生したソ連は、アメリカ合衆国にとって「永遠の敵」でした。1991年12月に崩壊してロシアと名称を変えてしまい、アメリカはすっかり油断したようです。
巨大国家ロシアは、「米ソ対立」の意識のままでいることが、2016年大統領選挙の結果でわかりましたね。アカデミー賞授賞式が「敵視」したトランプ大統領を誕生させた一端はロシアにあるかもしれない、というもっともらしい報道を無視できません。みんなで凝視し続けなければなりません。
「ネットも使いよう」ですから、ネット検索してみてください。「異例のアカデミー賞をつくった9つの政治的瞬間」というサイトに、9場面が画像で見られるようになっていました。便利ですね!このサイトからあと一つ、みなさんが興味を持てる場面を紹介しておきます。『ズートピア』が最優秀賞を受賞した「長編アニメーション賞」のプレゼンターを務めたメキシコ出身のガエル・ガルシア・ベルナルは「どのような壁であれ、私たちを分断する壁には反対です」と発言したのでした。
9つの中には、「その1」で伝えた新聞記事「トランプ氏の移民政策に抗議:欠席のイラン人監督受賞:アカデミー賞」で、代読されるイラン人監督のメッセージも聞くことができますよ。