【2013年度 第3回読書感想文コンクール】最優秀賞『明日の記憶』を読んで

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2013年10月29日
『明日の記憶』を読んで
総合福祉学部・総合福祉学科2年 関 幸一
  • この本は難病とされている若年性アルツハイマーに侵された男が、病気の発祥を境に生活が変わっていく様を描いた作品です。

    この物語の主人公は佐伯という男で、広告代理店で課長を務める49歳の極々平凡なサラリーマンです。妻の枝美子と一人娘の梨恵の三人家族で、梨恵は設計事務所を経営する伊東との結婚を間近に控えていて仕事も家庭も絶好調な働き盛りの男性でした。

    ある日、佐伯は会議の最中に有名な映画俳優の名前が思い出せず喋りに詰ってしまいます。その時は抽象的な表現をすることによって理解してもらえたのですが、その後もそういった出来事が相次ぎ、詰め込みすぎたスケジュールのせいで疲れが出ているのだと自分に言い聞かせながらも腑に落ちないまま仕事を続けていたのですが、次第に物忘れが激しくなり、幻覚を見る、眩暈がするなどの尋常ではない体調不良に悩まされるようになります。そして、妻の勧めで神経内科を訪れた佐伯は若年性アルツハイマーの診断を下され、ここからは家族が一丸となった佐伯の闘病生活が始まります。妻は少しでも病気の進行が遅れるようにと毎日魚を食卓に出し、佐伯自身も知的な行動がアルツハイマーの遅滞に効果があると知り陶芸を始めようと教室に通い始めたのですが、そこでのエピソードが印象に残っているので紹介します。

    陶芸教室に足繁く通い、先生である木崎とすっかり親密になった佐伯は、ある時自分の病気を告白します。その時、先生は「一緒に頑張っていきましょう」と応えたのですが、その誓いはあえなく崩れ去ります。陶芸品はまず手で形を作った後に焼成させることによって完成するのですが、焼成をする際にもらうお金を木崎はアルツハイマーの特徴の一つである短期記憶がすぐに無くなってしまうという点に付け込んで佐伯から何重にもくすねていたのでした。とあるきっかけでそれに気づいた時、佐伯は「今までありがとうございました」と言って陶芸教室から静かに立ち去るのですが、その時の心境を考えると涙無しで読むことはできません。ただでさえ多くのものを失いつつあるのに、自分が信頼していたものにまで裏切られるのはどれ程辛いことなのでしょうか。

    私は将来、人に喜ばれる仕事をしたいと考えているのですが、このエピソードを反面教師として心に刻んでおきたいと思います。人の道に背いたり、不誠実な行為をしないという意思が今までより一層固くなりました。(了)