東日本大震災被災地ボランティア派遣事前視察レポート

総合福祉学部 教授
九里 秀一郎

浦和大学では東日本大震で被災した地域への復興支援活動として8月20日、28日、9月11日、24日の4日間、絆ジャパンの協力を得て被災地へ学生ボランティアを派遣することにいたしました。それに先立ち、ボランティアに関心のある教職員と学生が事前の現地視察を行いました。ここではその時の様子を紹介します。

自身の目で見る津波の恐怖と絶望

視察体感ボランティアバスは8月12日の朝7時に福島に向かって出発しました。本学の参加者は、学生10名、教職員6名の計16名で、このほかに今回の視察を企画した絆ジャパン災害ボランティアチームスタッフの方と一般参加者を合わせ、総勢37名で目的地である福島県の南相馬市へと向かいました。途中通過した飯館村では、バスの中にある放射線測定器が通常より高いレベルを示し何ともいえぬ不安を感じました。

今回の視察は、被災地を実際に見て、そこに住む人々の心に思いを寄せ、これからのさまざまな形の支援につなげることが目的でした。現地の方々に不快な思いをさせないよう服装や写真撮影には細心の注意を払いました。

最初に南相馬市の保健所で放射能のスクリーニング検査を受けました。放射能汚染は全員心配ありませんでしたが、放射能が生活に深く影響している現実を実感しました。南相馬市では原町地区から鹿島・磯部・新地町を経て山元町まで沿岸部を北上しました。道路はかなり修繕されていましたが路肩はまだ危険な箇所も多く、バスが行き止まりで向きを変える時には、転倒に備えて身構えてしまいました。

一方、住宅地は既にがれきがほとんど取り除かれ、広大な草地になっていました。一部破壊された家屋がぽつぽつと見え、海水が流れ込んでできたと思われる池がところどころにありました。また基礎だけが残った住宅跡や津波に運ばれた防潮堤のコンクリートの塊、テトラポット、線路がすべて消失し、ただ草の生えた道となってしまった常磐線の跡などあまりにも壊滅的な状況を目の当たりにして、復興という言葉がむなしく響くほどでした。

帰りのバスの中では参加者が感想を分かち合いました。「見て言葉が出なかった。想像もつかない津波による恐怖と絶望があった」、「津波がすべてを流し一瞬で生活を破壊した。この恐ろしさをみんなに伝えたい」など、学生たちは神妙に語っていました。数人の学生が「次回のボランティア活動に参加します」と力強く語っていました。日帰りの強行日程でしたが、私たちと被災地の理解を深める貴重な経験となりました。


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