《講演》自立生活センター「くれぱす」 見形信子さん

2010年3月2日(火)浦和大学4号館4303教室で、見形信子(みかたのぶこ)さんによる講演が行われました。見形さんは自立生活センター『くれぱす』の事務局長を務めておられますが、自ら積極的に地域に足を運んで講演や講座、研修会といった活動をされています。

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「くれぱす」事務局長・見形信子さんによる講演

講演には、障がいを持ちながらも本学で懸命に学んでいる学生たちも多数参加していました。見形さんのお話は過去の実体験に基づいた大変濃密な内容で、学生だけでなく教職員もお話に引き込まれていました。ここでは、見形さんのお話の冒頭部分をご紹介させていただきたいと思います。

見形さんは春日部で生まれ、12歳まで家族と一緒に暮らしていました。しかしある日を境に自宅を離れ、病院で生活をすることとなりました。見形さんが子どもの頃、日本の社会は現在よりもまだまだ障がいを持つ方々に対する関心が薄く、「障がいを持つ子どもは学校なんて行かなくてもいい」などといった風潮があったそうです。そのため見形さんは小学校へ通うことができず、訪問教育を受けていました。中学校では尚更、教育内容の難化やカリキュラムの増加にともない訪問教育に限界が生まれてきました。

そういった世相の中、見形さんは病院へ入院して隣接していた肢体不自由養護学校中学部に通学することとなり、学校と病院を往復するだけの社会から遮断された生活を強いられることとなりました。病院での閉ざされた生活は見形さんの心に大きな負荷をかけました。――見形さんの生活は、水を飲むのも服を着替えるのも、すべて他人の手を借りなくてはなりません。それはつまり、すべて介助者の都合やその日のスケジュールに合わせた生活を強いられるということです。

この生活の中で最も辛かったのは自分は女性であるのに介助者が男性だったことだそうです。日常的に暴言を吐かれ、ときには「介助者が面倒だから」という理由で人権を完全に無視した言動に大きなショックを受けることもあったそうです。見形さんのお話から、私たちは福祉環境のあまり整っていない施設での壮絶な生活の様子をうかがい知ることができました。

学生との対話

見形さんは講演の中で学生たちと積極的に対話してくださいました。また、お話の最後に写真のスライドショーを見せてくださいました。講演の後は学生からの質問にも答えてくださり、学生たちの「障がいを持つ方々の自立」ということへの理解も深まりました。「くれぱす」発足後の活動のお話では、実は浦和大学の卒業生も常勤職員として働いているとを聞き、学生だけでなく教職員ともども、たいへん驚かされました。


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