【映画コラム・#07】「第89回アカデミー賞授賞式分析3:『フェンス』」

こども学部教員、岩本裕子(ひろこ)による、映画コラム7回目です。第89回アカデミー賞授賞式の結果分析その3をお届けします。

 続き「その3」を始めましょう。

 「その3」では、私の研究専門領域であるアメリカ黒人女性史の立場から、またアメリカ黒人女優の視点から、第89回アカデミー賞授賞式を分析していきます。

 「その2」でお伝えしたように、年明け1月8日に開催されたゴールデングローブ賞授賞式で、メリル・ストリープはセシル・B・デミル生涯功績賞を受賞しました。そのメリル・ストリープを紹介するプレゼンターの役目をした黒人女優、ヴィオラ・デイヴィスの話から始めます。

 メリルとヴィオラは、カトリック教会の神父による児童虐待をテーマとした映画『ダウト:あるカトリック学校で』で共演経験があり、この作品でメリルは主演女優、ヴィオラは助演女優と、それぞれアカデミー賞候補となっていました。その撮影時のエピソードなども交えながら、ヴィオラはメリルを紹介していました。

 今年、ヴィオラ・デイヴィスは、『フェンス』という映画で、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞、両方で最優秀助演女優賞を受賞しました。ゴールデングローブ賞授賞式終了後の記者会見インタビューで、次のような発言をしました。ネット情報のおかげで、ここにお伝えできます。「ネットも使いよう」をまた実践します。ネットでは、この発言をする目の覚めるような黄色のドレスを着たヴィオラの声も聴くことができますよ。

 「おかしいと思われるかもしれませんが、ここではトランプのことを話題にはしません。私が話そうとしていることは、トランプどうこうよりも、もっと大切なことだからです。アメリカ人であるとはどういうことか、アメリカはどんな国か、アメリカンドリームを追いかけることの本当の意味は何なのか、を守っていくのは、私たちみんなの責任だと信じます。アメリカ合衆国自体は肯定的な国なのに、私たち国民が追いつけなかったのです。私たちの信念を反映していない人が大統領の座に就くなんておかしいと思いませんか? 私たちはどうしてしまったのでしょう?この質問に対するみなさんの答えが、私の思いの全てです」

 この発言は1月8日ですから、トランプはまだ「次期大統領」でした。1月20日に就任して2か月近く経ちました。ハリウッド映画人の絶望感は、想像を超えるものがありますが、絶望ばかりはしていられません。トランプを凝視し、メリル・ストリープの言葉通り、「権力を監視し、責任を果たさせるよう」報道機関は活動して、ハリウッド映画人はその報道機関を支えていくものと信じ、期待します。

 ヴィオラが最優秀助演女優賞を受賞することになった映画『フェンス』について説明しましょう。アメリカでの公開が2016年暮れでしたので、日本公開までにはまだ時間がありそうですし、邦題がどうなるかもわかりません。7年前の2010年に出版した拙著『語り継ぐ黒人女性:ミシェル・オバマからビヨンセまで』で、次のように紹介したので、その部分をそのまま書き出します。読んでみてください。

2010年トニー賞受賞作『フェンス』

『セブン・ギターズ』の原作者オーガスト・ウィルソンの作品『フェンス』が、2009年にブロードウェイで再演され、演劇部門リバイバル賞最優秀賞を受賞した。演劇部門最優秀主演男優賞をデンゼル・ワシントンが、同女優賞をヴィオラ・デイヴィスがダブル受賞したことも大きな話題であった。(脚注:デイヴィスは、映画『ダウト』でアカデミー助演女優賞候補となった黒人女優である)

この作品は1983年に書かれ、1987年に演劇部門のピュリッツァー賞をウィルソンにもたらした。1950年代の大都市に住む黒人家族に焦点を当てた作品で、主人公トロイの役を演じたジェームズ・アール・ジョーンズは、トニー賞主演男優賞を受賞したのだった。デンゼル・ワシントンの一世代先輩の俳優である。デンゼルは、2010年のトニー賞授賞式での謝辞において、2005年に60歳で亡くなった原作者オーガスト・ウィルソンに深謝していた。ウィルソン、ジョーンズ、ワシントン、と続く父と息子の語り継ぎと言うことだろう。

前述したようにウィルソンは「常に私の思考の中には私の母の人生が基礎になっている」と語った。母から息子へ、息子は自らの子ども世代へ、と語り継ぐ。母から聞かされた様々な語りを、息子は劇として世に伝えたのだった。母には娘だけでなく、息子もいる。ジェンダーを超えた親子のつながりに、親子の語り継ぎに、真摯に耳を澄ませながら、本書を閉じることとしたい。

 最後の文章で分かるように、拙著本文の最終頁(p.182)です。黒人女性の語り継ぎは、娘だけでなく息子にも継がれていることが確認できます。黒人劇作家オーガスト・ウィルソンの名前は、現在ブロードウェイ52丁目にある劇場の一つに冠されています。2017年3月現在上演されているのは、『ジャージー・ボーイズ』です。

 上記の通り、ブロードウェイ演劇として高い評価を得た作品を、主演男優デンゼル・ワシントンが監督、主演をした映画で、彼自身も主演男優賞候補となりました。日本公開が待たれます。

 すでに「その2」において、昨年のアカデミー賞で黒人監督スパイク・リーが「アカデミーは人種差別的だ」と授賞式参加をボイコットしたことをお話ししました。特に昨年だけが人種差別的だったわけではなく、ハリウッドは20世紀の間ずっと黒人映画人を排除してきた歴史の上に成り立っていました。

 21世紀に入り、「9月11日」直後の第74回アカデミー賞授賞式は、主演男優賞をデンゼル・ワシントン、主演女優賞をハリー・ベリーがダブル受賞、加えてアカデミー名誉賞を黒人俳優シドニー・ポワチエが受賞した「画期」になりました。詳しくは、筆者担当科目「歴史入門」のテキスト『スクリーンに投影されるアメリカ』第2部第4章「黒人俳優とアカデミー賞:第74回アカデミー賞授賞式」を読んでみてください。あの原稿を書いてからもう15年も経ったのですね。
 
 上記の本の一つ前、『スクリーンに見る黒人女性』を書いたのは1999年で、やはり今頃、アカデミー賞授賞式の生中継を凝視しながら、「第71回アカデミー賞授賞式」の項目を一つ加えたことを思い出します。司会者はウーピー・ゴールドバーグで、日本人女性、伊比恵子さんがユダヤ人高齢者を追った短編ドキュメンタリーが最優秀賞を受賞したのでした。20年近く前の話ですね。

 アメリカ黒人の存在が、映画の対象になることは本当に限られていました。そうした限られた例が今年また増えることが、アカデミー賞授賞式によって知らされました。原題 Hidden Figures という映画が、昨年暮れアメリカで公開され、高い興行成績を上げているようです。一番たくさんの人が劇場へ観に行ったのは、「キング牧師誕生日:1月第3月曜日を含む連休」で、2月の「黒人月間」にはさらに観客を増やしたことが伝えられています。はたして、日本ではどのような反応を示すのでしょうか。「その3」の最後にこの映画を説明しておきます。

 Hidden Figuresにどのような邦題がつくのでしょうか。まさか、そのままカタカナになるのでしょうか。情けないですね。訳としては「隠れた存在」つまり「知られざる人々」とか「忘れられた人々」ですね。
 
 第89回アカデミー賞授賞式を通してこの映画に出会った私は、まず英語で検索して、上記のようなアメリカでの公開時点での情報を入手しました。日本公開されたらこのコラムで、1本ごと扱って書かなければ、と思ったものです。たった今「ネットも使いよう」を実践して、日本語で検索してみると、次のような説明を見つけました。

  • 「時は1962年、舞台はNASA。主人公はNASAを影で動かしていた3人の天才アフリカ系アメリカ人の女性で、ノンフィクションの本に基づき制作された映画」
  • 「公民権運動が最高潮に達していた1960年代、白人が黒人を差別することが当たり前だった時代、黒人女性のエンジニアが強く生きぬいていく物語」

 英語だけで情報入手した2月27日に、私が最初にしたことは『黒人女性百科事典』(BLACK WOMEN IN AMERICA←こんな便利な事典があるのですよ!)の索引で、映画の主人公のモデルらしい Katherine C. G. Johnson を調べました。個人項目はありませんでしたが、コラム「傑出した科学者・数学者」で紹介された19人の黒人女性の一人として扱われていました。1918年生まれで没年不明となっているのですが、なんと99歳で存命されていることを、授賞式で目撃したのです!車椅子でステージに登場したキャサリン・ジョンソンさんに、会場はスタンディング・オベイションで迎えていました。

 この天才的な数学者がどのような人生を歩んだと百科事典で説明されているかをお伝えするのは、この映画が日本公開されたときに、この映画紹介コラムで詳細にお話しします。私自身の研究領域を題材にしたので、「その3」が随分長くなりました。

 次回4つ目で、たぶんアカデミー賞授賞式分析は最終回になります。本学は三日後の3月17日が卒業式です。新入生を迎えるということは、そのまま4年間教育してきた学生たちを卒業させることでもあります。嬉しいことですが、寂しくもあります。 I MISS YOU!

 では、続きは「その4」と致します。

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