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【映画コラム・#06】「第89回アカデミー賞授賞式分析2:女優メリル・ストリープ」

こども学部教員、岩本裕子(ひろこ)による、映画コラム6回目です。第89回アカデミー賞授賞式の結果分析その2をお届けします。

 続き「その2」を始めましょう。

 「その1」で、私が生中継で凝視できたのは、司会者のジミー・キンメルのウイットに富んだ「開会の言葉」までだとお話ししました。アカデミー賞授賞式の歴代司会者のうちで、黒人女性ウーピー・ゴールドバーグが何回も務めた20世紀の回のことは、拙著『スクリーンに見る黒人女性』など、多くの拙稿で紹介してきました。ところが、すでにウーピーの存在を知らない学生の方が多くなったので、講義では、積極的に映画『天使にラブソングを』などを教材に使い続けて、ウーピーのことを知らせるようにしています。

 今回の司会者ジミー・キンメルは、今回が初めての司会経験でした。キンメルは、2003年に放送開始したABCテレビの深夜生トーク番組「ジミー・キンメル・ライヴ」の司会者です。ロサンゼルス(LA)のエル・キャピタン劇場で収録されています。LAでの生放送番組ですが、時差が4時間あるニューヨークでも、深夜12時半頃から放送されています。ニューヨーク滞在中の私は、日中のハーレムにある図書館仕事、夜のコンサートやミュージカルを見終えて、夕飯を作って食べる時間なので、手作り夕飯を満喫しながら、ジミー・キンメルのシニカル・トークを毎年夏、楽しんでいます。

 余分な話ですが、昨年の第70回トニー賞授賞式の司会者はジェームズ・コーデンでした。彼も深夜トーク番組の司会者です。こちらは、CBSテレビの深夜生トーク番組「ザ・レイト・ショー with ジェームズ・コーデン」で、今年度のトニー、アカデミーともに、トーク番組司会者の白人男性が、授賞式司会を務めたことになります。ちなみにこの番組も、ニューヨークでは私の夕飯時間の深夜に放送されています。

 話をアカデミー賞授賞式に戻します。
 ジミー・キンメルは、最初にこんな話から始めました。「この国は今、分断されています。でも授賞式を観ている人たちが、リベラルか保守かではなくてアメリカ人として、互いに前向きな会話をすれば、もう一度米国を偉大にできるのではないでしょうか」と。

 さらに「トランプ大統領に感謝したいよ。昨年のアカデミー賞は人種差別的だと言われたことを覚えてる?でも今年は、大統領のおかげでもう言われなくなったからね」とも発言して「アカデミー賞はアメリカと、我々を嫌う世界225ヶ国以上で生放送されています」とも。どういう意味かわかりますか。

 昨年のアカデミー賞では、候補者のほとんどが白人で、有色人種(黒人や黄色人種のこと)にはチャンスがなかったのです。このことに対して、黒人監督のスパイク・リーは「アカデミーは人種差別的だ」と授賞式参加をボイコットしたのでした。その影響か、今年は多くの黒人映画人が候補者に名前を連ねました。それ以上に今年は、トランプ大統領の人種ばかりか、宗教や民族に関する差別発言が世界中で物議をかもしていて、ハリウッド映画人は結束できたということなのです。

 アメリカ人は自分の政治的な立場をはっきりさせてから議論を始めます。周りの空気に合わせて、「日和見的に」立場を変えることを決してしません。立場が違うことを大前提に、きちんとした議論をします。Yes かNoをはっきり言うことから会話は始まります。No を言うことが苦手な日本人には付いていけないかもしれませんが、アメリカだけでなく、世界中の人々が自分の立場をはっきり発言した上で、議論を始めるのです。世界で通用する日本人になるためには、相手に合わせて「付和雷同」で生きていくのではなく、まず「自分を知る」ことから始める必要がありそうです。

 元々ハリウッドでは、「その1」で「首都ワシントンからも遠くて政府の監視の目が少ないカリフォルニアに移転」と説明したように、映画人たちはのびのびと自分の立場を映像にしたいと活動してきました。ハリウッド俳優組合会長経験があったB級俳優は、高い政治意識をもって政界へ進出して、カリフォルニア州知事を経て大統領になりました。ロナルド・レーガン大統領です。1980年代の話で、みなさんは生まれていませんね。

 さらにその30年も前の1950年代には、ハリウッド映画人が標的となり「制裁」を受けたこともありました。「赤狩り」(Red Purge)と呼ばれ、共産党員とその同調者を公職・企業などから追放しようとした歴史がありました。1917年のロシア革命(今年は百周年ですね)によって誕生したソ連は、アメリカ合衆国にとって「永遠の敵」でした。1991年12月に崩壊してロシアと名称を変えてしまい、アメリカはすっかり油断したようです。

 巨大国家ロシアは、「米ソ対立」の意識のままでいることが、2016年大統領選挙の結果でわかりましたね。アカデミー賞授賞式が「敵視」したトランプ大統領を誕生させた一端はロシアにあるかもしれない、というもっともらしい報道を無視できません。みんなで凝視し続けなければなりません。

 「ネットも使いよう」ですから、ネット検索してみてください。「異例のアカデミー賞をつくった9つの政治的瞬間」というサイトに、9場面が画像で見られるようになっていました。便利ですね!このサイトからあと一つ、みなさんが興味を持てる場面を紹介しておきます。『ズートピア』が最優秀賞を受賞した「長編アニメーション賞」のプレゼンターを務めたメキシコ出身のガエル・ガルシア・ベルナルは「どのような壁であれ、私たちを分断する壁には反対です」と発言したのでした。

 9つの中には、「その1」で伝えた新聞記事「トランプ氏の移民政策に抗議:欠席のイラン人監督受賞:アカデミー賞」で、代読されるイラン人監督のメッセージも聞くことができますよ。

 「その2」の最後に、一人の白人女優を紹介します。トランプ大統領が「過大評価された(overrated)女優」とツイートしたメリル・ストリープです。なぜ大統領が一人の女優を個人攻撃したのでしょうか。話は1月8日に開催された第74回ゴールデングローブ賞授賞式にさかのぼります。同賞授賞式で、メリル・ストリープは「セシル・B・デミル生涯功績賞」を受賞したのですが、その受賞スピーチでの発言に対する「嫌がらせ」でした。

 セシル・B・デミルとは、映画製作者の名前で、沢山の映画を残しました。筆者担当科目「歴史入門」では10年間、旧約聖書「出エジプト」のハイライト、紅海が割れる場面を見せてきた『十戒』(1956年)が、彼の遺作となりました。彼の名を冠したこの賞は、長年にわたって映画界に貢献した人物に贈られる賞として、ハリウッド外国人記者クラブが決定しています。

 メリルはそのスピーチにおいて、一度も次期大統領(1月20日の就任式前だったので)の名前を口にすることはありませんでしたが、彼の行動を厳しく批判しました。「この国で最も尊敬される席に座ろうとする人が、障がいのある記者を真似した姿でした」と、トランプが選挙戦中に『ニューヨーク・タイムズ』のセルジュ・コバレスキ記者を模倣して嘲笑したことに触れたのでした。このときのメリルは、怒りの涙を浮かべているように見えました。

 さらに「他人への侮辱は、さらなる侮辱を呼びます。暴力は暴力を扇動します。権力者が立場を利用して他人をいたぶると、それは私たち全員の敗北です」と訴えました。最後に「権力を監視し、責任を果たさせるよう」報道機関に求めて、会場の映画人たちにはハリウッドが報道機関を支えなくてはならないと強調して、同調の大拍手を受けていました。

 ハリウッド外国人記者クラブ、つまり、「ハリウッド」「外国人」「報道」は、就任以降トランプ大統領が忌み嫌い、攻撃対象としてきた存在ですから、メリル・ストリープは、ハリウッドを代表する映画人として、毅然した態度で発言したのでしょう。

 その発言を受けたアカデミー賞授賞式でしたので、司会者のジミー・キンメルは、「メリル、立ってください。みなさん、私と一緒に『受けるに値しない拍手』を送りましょう。ちなみにそのドレスいいね、イヴァンカの?」と、トランプ親子への皮肉たっぷりの発言をして、会場は大盛り上がりとなりました。

 話はそれますが、トランプの娘の名前イヴァンカは、ロシア語のイワンの女性形です。イワン雷帝という王様を知っていますか。ロシア帝国の初代皇帝のことです。イワンとはロシア人を意味し、典型的なロシア人の名前となりますから、日本で言えば「太郎」ですね。トランプの娘は女性だから「花子」にもあたるでしょう。彼女は、自分の名前を冠した洋服のブランドを立ち上げて、最近ゴシップ・ニュースにもなっていました。

 映画『マダム・フローレンス―夢見る二人』で、最低の歌姫と評された実在のソプラノ歌手フローレンス・フォスター・ジェンキンスを演じたメリル・ストリープは、主演女優賞候補となり、彼女自身が持つ俳優部門の最多候補記録を20回へと更新したのでした。4度目の栄冠がかかった今回でしたが、「その1」でお話ししたように、『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーンが受賞したので、メリルの四冠は叶いませんでした。

 常に意識高い仕事を重ねているメリル・ストリープの出演作についても触れたいのですが、長くなりそうなので、このあたりにします。後期科目「アメリカの生活と文化」のテキストとしている拙著『スクリーンで旅するアメリカ』には沢山言及しています。講義でお話しすることにしましょう。

 「その2」と同時にアップできるはずの次回「その3」は、ゴールデングローブ賞セシル・B・デミル賞のプレゼンターとなった黒人女優、ヴィオラ・デイヴィスの話から始めることにします。

 では、続きは「その3」と致します。

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